【ELPASO会員コラム31-3】アントレプレナーシップを持ち続けるために

2023.07.21
信州大学 林靖人

今回は、「アントレプレナーシップを持ち続けるために」と題して、社会変化や新技術を生涯に渡って自らの成長に繋げていく視点についてお話し、最終回を迎えたいと思います。

さて、第1回の担当コラム「新たなテクノロジーと学びの変化」 では、「チャットGPT」に触れましたが、日々テクノロジーは進化し、新しいサービスが様々に提供されています。では、みなさんは、技術や社会変化に対して、自身がどのぐらい柔軟に適応できていると思いますか。

以下にそれを体感する簡単なワークシートを用意したので試してみてください(図1)。なお、このワークは、特に35歳以降の人に有効です。ご自身が該当しない場合は、お近くに当該の人がいれば、一緒にやってみることをお薦めします。

まず、最初に自分が子供の頃(0〜14歳)を思い出し、生活の中心にあった技術(道具)やサービス、その時の変化を書き込んでみてください。例えば、「ファミコンが登場し、遊び方が大きく変わった!」「SNSで人との繫がりが広がった」などです。その後、15〜34歳、35歳以降を記載ください。

さて、記載した結果を見て、自分がどの程度、新技術やサービスに適応してきたかを考えてみましょう。子どもの頃のことなど懐かしいと思うことがあるかもしれませんが、このワークの一番のポイントは、「35歳以上の枠」です。当該枠の中に書いた内容に目を向けてみると、その技術やサービス、それらが社会に浸透していくことに「違和感」や「不慣れ感」を覚えた記憶はないでしょうか。

このワークシートは、1999年8月、イギリスのサンデー・タイムズ紙に掲載されたSF作家「ダグラス・アダムス」のエッセイに触発され、筆者が作成したものです。人間とテクノロジーの関係に関する経験則(ダグラス・アダムスの法則)と言われますが、かなり汎用性が高く、「技術・社会変化と適応に関する経験則」と私は捉えています。

彼は、技術や社会変化に対して、人は次のように感じると主張します。

[ 0〜14歳] 自分が生まれたときに世の中に存在したものは普通で当たり前のものと感じる.
[15〜34歳] 青年期を迎えるころに発明されたものは新しく刺激的で革命的に感じ、30歳ごろまではそれに適応しながら、自分のキャリアやライフスタイルを形成することができる.
[35歳以降] ミドル〜中年期の頃に発明されたものは、自身の経験とのズレ、違和感や不慣れを感じ、時に社会常識に反したもの、不適合なものと感じることがある.

少し思い出してみてください。チャットGPTの出現は世界を賑わせ、ざわつかせていますが、例えばファミコンが誕生した時、インターネット、携帯電話、電気自動車が出現した時も、「子どもが外で遊ばなくなる」、「人と人のつながりが希薄になる」など、いわゆる「大人(ここでの35歳以上)」を中心に社会変化に対する批判・否定が少なからず起きていたのではないでしょうか。

若いころは色々と変化に適応できていたのに・・・と思うかもしれませんが、なぜ、今は難しくなってしまったのでしょうか。その理由を模式的に表したのが図2です。

人は新たな知識や経験を蓄積することによって様々なことに対応できるようになり、さらに自身としての価値観を形成していきます(≒ボトムアップ処理)。一方で、人の脳はとても優秀なので、特定の場面については、「パターン(紋切り型)処理」によって効率化をします(≒トップダウン処理)。しかし、パターンが強化されすぎると「ステレオタイプ(固定観念)」となってしまい、それ以降は是非の判断になりがちになるのです。

自分が積み重ねてきた知識・経験は、大きなコストであり、集大成です。それが適用できなくなることには、違和感を感じます。そして、当惑し、ネガティブな認知をしたくなるのも当然で、気持ちは分からなくもありませんが、それを越えられなければ、アントレプレナーシップは失われていきます。

従って、社会変化や新技術を生涯に渡って自らの成長に繋げていく、アントレプレナーシップを持ち続けるためには、物事を別の側面から見る視点を持ち続ける、視点を意図的に切り替えるスキルが重要です。その特効薬はありませんが、私が普段使っている「道具」(視点を切り替える手段)をご紹介します。

「百聞は一見に如かず」なので、まずは図3をご覧ください。これらは図地反転図形(≒多義図形や曖昧図形)と呼ばれます。1つの絵から2つの絵(意味)が見られるでしょうか。
余談ですが、最も古い「ルビンの壺(杯)」(図3-①)は、今から100年以上前、1915年にデンマークの心理学者エドガー・ルビンが考案したもので、美術の教科書などにも掲載されているためご存じの方も多いと思います。

「図・地」という言葉は、聞き慣れないかもしれませんが、ここで「図」とは、中心的・優先的に情報処理が行われる部分であり、焦点のあたる場所を意味します。一方「地」は、背景・背面となる部分です。例えば、図4で、人に焦点を与えれば、その部分が図で、背景が地になります。しかし、背面の本棚やポスターに焦点を向ければ、図地は逆転します。

私たちは、日常的には、意識することなく、これまでの経験にもとづき、その場の文脈を判断し、「図」と「地」を自動的に決定して処理をしています。しかし、図3の図地反転図形は、図・地の境界が反転しやすく/曖昧にデザインがされています。そのため図・地に対する「認知の焦点」が入れ替わりやすく、2つ以上の意味(文脈や解釈)を同時に実感しやすくなっているのです。

私は、セミナーや講演等で、よくこの図地反転図形を紹介します。極端な例かもしれませんが、物事は捉え方1つで違う意味や価値が生み出せることを簡単に実感(実証)できるからです。
また、同時にお伝えするのが、この情報処理は人間にしかできないということです。もちろん、遠い将来は分かりませんが、現在のコンピュータは、抽象的な解釈や文脈理解は苦手であり、創造的な情報処理はまだまだ発展途上なのです。

そして、この人間の文脈処理能力が、図らずもチャットGPTなどのAI活用において注目されていることが、タイムリーでとても面白く感じています。最後にそれをご紹介します。

「AIプロンプター」「プロンプトエンジニア」という職を聞いたことがあるでしょうか。ここで用いられる「プロプト(Prompt)」は、コンピュータ用語であり、「コンピューターに指示する」という意味になります。昔のコンピュータのインターフェースは、コマンド入力が主流だったので、「コマンドプロンプト」という言葉で、年配の方はイメージできる方がいるかもしれません。

AIプロンプター/プロンプトエンジニアは、AIに投げかけるための「最適な問い」を設計・編集する職を指します。というのも現在のAI活用には、必ず「問い」が必要です。しかし、前述したように、コンピュータ・AIは、抽象的な情報処理、多義的/曖昧な情報処理が苦手なため、それらを多く含んだ問いは、誤回答やエラーを含む確率が上がります。

そこで、誤回答やエラーを減らし、AIの能力を最大化するために、抽象表現や曖昧表現を具体化したり、文脈を整理して「良質な問い」を形成することがAIプロンプター/プロンプトエンジニア、つまり人間に求められているのです。

AIによって仕事が無くなるという議論が既に数年前から現実化しています。チャットGPTのような具体的な商品の誕生によって、それらはさらに現実味を帯びるものとなってきました。恐らくそれは事実だと思いますが、一方でAIプロンプター/プロンプトエンジニアのように新たに生まれる仕事もあります。

アントレプレナーシップとは、技術進化や社会変化に対してあらがい、立ち止まって嘆くのではなく、その波をどう楽しむか、どう乗り越えるかを考えることであると感じます。
3回に渡って、寄稿させて頂いたことが、わずかながらでも皆様の「きづき」になることを祈念し、本稿を閉じたいと思います。

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[i] 【ELPASO会員コラム31-1】新たなテクノロジーと学びの変化(https://maruwa-ikushi.org/bc230526/