コラム

【ELPASO会員コラム44-1】突き抜ける子を育てるために大人ができること

2026年8月28日

事務局

2026.8.28
立命館宇治中学校・高等学校 元校長 越智規子

変化の激しい時代において、社会が求める人材像は大きく変わりつつあります。
知識を効率よく蓄積するだけではなく、自ら問いを立て、他者と協働しながら新たな価値を創造できる人。
その中でも、ひときわ際立つ存在として「突き抜ける人」がいます。
既存の枠組みに安住せず、自らの関心を深く掘り下げ、やがてそれを社会的価値へと昇華させていく人材です。
本稿では、そのような「突き抜ける子」を育てるために、私たち大人が果たすべき役割について考えたいと思います。

私は2025年3月まで、京都の立命館宇治中学校・高等学校で校長を務め、今は学年主任をしており、その学年のスローガンは【出すぎた杭になれ~Don’t Fit In, Stand Out~】にしています。
私が勤務している立命館宇治中学校・高等学校は、多様性に富んだ環境を有しています。
帰国子女は全生徒数の20パーセントおり、日本以外の国籍を持っているインターナショナル教員も40人勤務しています。異なる国籍、文化、価値観を持つ先生方が教え、多様な生徒たちが共に学び合う中で、日常そのものが対話であり、違いを受け入れる営みの連続です。
このような環境は、単に国際性を育むだけでなく、「自分とは何者か」「自分は何をしたいのか」「自分は何をするべきなのか」という問いに向き合う契機を自然と生み出します。
多様な他者と出会うことは、自分自身の輪郭を鮮明にすることに他なりません。

しかし、ただ環境が整っているだけでは十分ではありません。
大切なのは、その中で生徒一人ひとりが「自分の軸」を見出し、それを深めていく過程を、いかに大人が見守り支えるかという点です。
ここで求められるのは、指導や管理ではなく、「伴走」の姿勢です。子どもたちは未熟であるがゆえに、時に迷い、時に遠回りをします。しかし、その過程こそが思考を鍛え、内面を豊かにします。
大人が先回りして正解を示すことは容易ですが、それでは子ども自身の問いは育ちません。

「突き抜ける」ためには、深い没入と試行錯誤が不可欠です。
ある分野に強い関心を抱いたとき、それをとことん追究する時間とステージを保障すること。失敗や停滞を否定せず、それを学びの一部として受け止める文化を築くこと。これらはすべて、大人の関わり方に依存しています。
評価や結果に偏りすぎた視線や関わりは、子どもの挑戦を萎縮させます。一方で、過程そのものに価値を見出す姿勢は、子どもの内発的動機を確実に育てます。

また、多様性の中で育つ子どもたちにとって重要なのは、「違いを恐れない心」です。
他者との違いは時に摩擦を生みますが、それを避けるのではなく、対話によって乗り越えていく経験が、自らの視野を大きく広げます。
突き抜ける人材は、往々にして既存の価値観に疑問を持つ存在です。その芽を摘むのではなく、「なぜそう考えるのか」と問い返し、その思考を深める関わりが求められます。

さらに、大人自身の在り方も問われます。
子どもは大人の言葉以上に、その背中を見ています。自ら学び続ける姿勢、新しい価値観を柔軟に受け入れる態度、そして失敗を恐れず挑戦する姿。これらを体現する大人の存在こそが、何よりの教育的環境となります。
突き抜ける子を育てるとは、同時に、大人自身が変わり続けることでもあるのです。

前述のように、私は現在、学年主任として再び生徒たちのすぐそばに立っています。
校長として俯瞰的に学校を見ていた時とは異なり、一人ひとりの表情や言葉に日々触れる中で、改めて感じるのは、子どもたちの可能性の大きさです。
その可能性は、適切に導かれるものではなく、信じられ、支えられることで自ら開花していくものです。

「突き抜ける」とは、誰かと競い、優越することではありません。
自分自身の内なる声に耳を澄ませ、それを信じて歩み続けることです。
その歩みを支える大人でありたい。
その思いを胸に、これからも教育の現場に立ち続けていきたいと考えています。



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