コラム
【ELPASO会員コラム43-3】視線を遠くに向けると「流れる人波」をスイスイと横切れるのはなぜか?
2026年7月24日
事務局
2026.7.24
丸和育志会理事 坂根秀和
「はっぴいえんど」のデビュー曲「12月の雨の日」(1970年)をご存知でしょうか。
「流れる人波を 僕は見てる」
朝や夕方の通勤ラッシュの時間に、ターミナル駅で乗り換えの人混みでごった返す駅の構内。ここで、自分の行きたい場所に向かいたい時に、
「流れる人波を 僕は見てる」
私の脳内にはこの音楽が流れ出します。
私の行きたい場所に向かうには、この「流れる人波」を横切らなくてはなりません。そのとき、目の前の人の流れを注視しているとなかなかタイミングが取れず、その行列が途切れるまで横切ることができません。
無理やり横切ろうとすると、人にぶつかってしまったり、流れを遮ることで「チッ」と舌打ちされたりすることになるでしょう。ただでさえいらいらが充満している空間で、不愉快の張本人になることはできれば避けたいものです。(ちなみに「はっぴいえんど」には「いらいら」という名曲があります)
しかし、目の前の人の流れに注視するのではなく、視線を遠くの目的の場所に向けて歩み始めると、あら不思議、スイスイと人の列を横切ってスムーズに歩いていくことができます。この方法に気がついて以来、何度も同じように試しているのですが、たいていこれでうまくいくのです。
これは私個人の超能力なのかも知れないと思い、皆さんには秘密にしておこうと思ったのですが、調べてみたらいくつか興味深い研究を発見しましたのでご紹介したいと思います。
人は「目の前」ではなく「少し先」を見て進路を決めている
アメリカ国立医学図書館(NLM)が運営する、医学や生命科学分野の無料の論文検索データベース「PubMed」にある「ウェアラブルアイトラッカーを装着して、人混みを歩いてもらった研究」では、以下のような研究結果が示されていました。
・人は常に目の前の人だけを見ているわけではない
・少し先にいる人や、これから進む空間に長く視線を向ける
・その先の情報を使って、早めに進路を決めている
出典:Task-related gaze control in human crowd navigation(人間の群衆ナビゲーションにおけるタスク関連の視線制御) – PubMed
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31993979/
つまり、視線を遠くへ向けることで、私たちの脳は無意識に「2~3歩先」の動きを予測しやすくなっているということでした。なるほど。
目の前の人を見すぎると「反応型」になる
次に見つけた資料では、まさに私の疑問と仮説を証明してくれるような内容がありました。
目の前の人だけを見ると、「相手が動いた」→「自分が避ける」→「また相手が動く」という”後追い”の行動をとることになります。
一方、遠くを見ると
・人の流れ全体
・空いているスペース
・数秒後の人の位置
をまとめて予測できるため、無意識に自分も早めに進路を決めることができます。「視線が遠いほど身体の制御が滑らかになる」というのは、人間の運動制御の基本原理です。
出典:Guided by gaze: Prioritization strategy when navigating through a virtual crowd can be assessed through gaze activity(視線誘導:仮想空間の群衆の中を移動する際の優先順位付け戦略は、視線活動を通して評価できる。) – PubMed
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30149239/
なるほど、これは、私の超能力でも不思議な現象でもなく「人間の運動制御の基本原理」であると。つまり、人間の能力の一つ、ということなのですね。
目の前にある課題よりも、5年先、10年先に視線を向ける
ここまで書いてきて思うことは、ビジネスでも同じじゃないか?と考えられます。
私たちは、つい、目の前にある課題や問題、これを解決しようと一生懸命になります。それを解決しないと次の課題に進めないとすら考える節があります。
先ほどの研究にある通り、人間の運動制御の基本原理が「視線が遠いほど身体の制御が滑らかになる」ということであれば、目の前の課題よりも未来の目的に視線を向けることの方がうまくいくのではないか?それがそもそも私たちに備わっている人間の能力ではないかと思うのです。これは人混みだけでなく、自動車の運転、スポーツ、武道、音楽の即興演奏などでも同じことが言えそうです。
基礎からしっかり学ばなくてはならないとか、この課題を解決しないと次のステップに行けないとか、資金が集まるまではアクションできないとか、この文章の意味や単語の意味を理解しないと先へ読み進めないとか、目の前にある課題やトラブル、来月の売上や資金繰りに頭を悩ませるとか・・・私たちはこういう考え方にとらわれていて、その目の前の問題の解決に奮闘することに時間をとられ、未来のビジョンを考えることを疎かにしてしまい、自らの可能性を閉じてしまっているのではないでしょうか。
さらに、未来の夢を考えるよりも、いま目の前の課題に取り組む方が「現実的」と考える人も多いでしょう。「未来の理想は理想。現実を見ろよ」と一刀両断する人が処理能力も高くて仕事もできて、頭が良いみたいに見えることもありそうです。(なんでですかね?)
やはり、5年先、10年先にどのようなビジネスをしているか、するべきか、そのイメージをつくり、そのイメージに視線を向けることの方が有効であるはずです。また、その結果、目の前の課題や問題もスイスイと解決してしまうのではないでしょうか。
もちろん、目の前の仕事をきっちりこなすことも重要だと思いますし、日々のお稽古や鍛錬も大事だと思います。そこから新しい発見やイノベーションが生まれることもあるでしょう。ですので、両方の視線が必要だと思いますし、程度であり、バランスではないかと思います。雑でもいいし、言語化できなくても良いので、未来のビジョンをしっかりと描くことは必要だと考えます。いかがでしょうか。ぜひお試しください。
おまけ
「はっぴいえんど」は、1972年の大晦日に解散しました。活動期間は約3年。お茶の間に届くほどのヒット曲はありませんでしたが、その後のメンバーの活躍はご存知の通り。メンバー一人ひとりが日本(海外も含む)の音楽界に多大な影響を与えることになりました。(さらに彼らがいなければ、山下達郎、松任谷(荒井)由実、坂本龍一といったアーティストも輩出されなかったかも知れません)
松本隆、細野晴臣、大滝詠一、鈴木茂。当時20歳そこそこで「流れる人波を僕は見てる」と歌っていたまだ何者でもなかった彼らは、目の前のヒットではなく、グループとしてのスキームを捨て、一人ひとりが自身の可能性や音楽の未来に視線を向け、その後、まさに本当に5年先、10年先に大活躍することになりました。(とくに1978年2月に細野晴臣が坂本龍一、高橋幸宏に示した手書きのスケッチで「富士山が噴火している絵とデビュー曲の『ファイアー・クラッカー』のシングルで全米400万枚を目指す!」というビジョンを示したことが、YMOの結成につながり、実際に海外で評価され、日本国内においても大ヒットしただけでなく、社会現象をも巻き起こすことにもなりました。これは非常に象徴的なエピソードです)
それは、たまたまかも知れませんし、運が良かったからかも知れませんし、元々彼らが素晴らしい才能に溢れた人たちだったからとも言えます。ところが、才能に溢れた彼らも、未来のビジョンを持っていなかったら、ここまでの活躍はなかったのではないかと感じます。
人間の能力の一つですから、ぜひ、未来のビジョンを描く挑戦を試してみてはいかがでしょうか。