2024.11.29
松下政経塾 顧問
金子一也
松下幸之助塾主が松下政経塾の塾生に発した言葉は、第1位は「素直」でした。
松下塾主はなぜ塾生に対して「素直」を強調されたのでしょうか。
それは残念ながら、松下幸之助塾主から見ると、塾生は「素直」に映らなかったからだと考えられます。
「理屈が先に立ってはいけない」「知識で考えず知恵で考えて欲しい」「ひたすら研究して欲しい」と、塾生が素直に国是の研究や新しい人間観を得る研修に没頭しないことを何度も戒めました。理屈が先に立って研究と研修を前に進めない。
頭は良い。弁もたつ。だけど理が先に立って「素直」ではない。
そう塾主がお感じになられたことが、「素直」の言葉を頻発させたようです。
塾主は、「素直な心」を『素直な心になるために』(PHP研究所刊)で次のように定義しています。
「素直な心とは、寛容にして私心なき心、広く人の教えを受ける心、分を楽しむ心であります。また、静にして動、動にして静の働きのある心、真理に通ずる心であります」。
塾主のいう「素直」は、素朴や従順、くせがないことや真っ直ぐなことと少し違います。
塾主が塾生に向けて「素直」を説明するのに、「とらわれて見たらいかん」「虚心坦懐にものを見ないといかん」「とらわれない心でものを見る」「素直とは融通無碍や。融通無碍は神様に通ずる」と言い換えています。
塾生から成功した理由を聞かれた塾主は、「誰の言うことでも一応は素直に聞く。それで、なるほど、これええな、と思ったら、それを実行する。」自分というものを頑固に持っていたら、良いものが入ってこない。素直になって虚心になって自分を無くして聞く。
これが成功した理由だと答えています。
「自分の主観だけで見る場合は往々にして間違うな」。そのためにも「素直になれば、ものの実相がわかる。色眼鏡で見ない、とらわれた心で見ないから、みなよくわかるだろうと。本質がわかる。そういう心を養っていくと、正しくものを見られる。したがって賢くなり、聡明になってくる。」
松下塾主は塾生に「諸君は幸いなことに相当の知識は持っている。塾では知恵を磨くんや。知恵を磨くのに最も必要なことは素直な心になることや。」
しかし「素直な心になるのはねなかなかむずかしいねん。すぐになられへん。」素直な心になれるように自分は毎日念じた。「三十年続けてやっと素直の初段や。」
役所を表す「庁」という文字も元来は「廰」でした。役所は民の苦しみや訴えを聞くところだったのです。素直に聞く力が政治や行政のリーダーに求められています。