【ELPASO会員コラム34-2】福島原発事故と新型コロナ感染拡大による不安と回避行動 -認知バイアスを抑制するには-

2024.3.22
京都大学 楠見 孝

2011年3月11日の東日本大震災による原発事故から13年が経過しました。私たちのグループでは、心理学の観点から、被災県と首都圏、関西圏の1,752人の市民に対して、原発事故後の放射能に対する不安や被災地産食品への回避傾向などについて、毎年3月に13年間調査を続けています。最近3年間は、新型コロナについてもあわせて調査を行っています。

今思い起こすと、13年前の原発事故直後、人々は、放射能の健康影響について、政府からの情報も含めて信頼できる情報が少なく、大きな不安に駆られました。放射能を怖れて、福島産の農産物だけでなく、工業製品や福島ナンバーの車に対しても忌避するようなことが起こりました。
同様なことは、2000年の4-6月に最初の緊急事態宣言が出た時にも、未知の感染症に対する強い不安から、感染者やその家族、医療従事者、さらには、都会からの帰省者に対して、極端な回避行動が起こりました。

私たちの調査結果では、事故後12年の時間経過によって、市民の放射能不安、被災地産食品の回避は、時間経過とともに減少したことを示しています。一方、新型コロナに対する不安や回避行動は、3年間で急速に低下していました(図1は、左側は放射能、右側はコロナの不安の低下を例に示しています)。

 

また、放射能に関する政府からの情報の信頼性は、事故直後のかなり低い水準から上昇しましたが、信頼される水準には達していませんでした。一方、新型コロナに関する政府情報の信頼性は、放射能に関する政府情報のやや回復した信頼度と同レベルで推移していました。

私たちは、図2のモデルを立てて、被災地産食品と新型コロナ感染者に対する極端な回避傾向が、不安によって促進され、批判的思考とリスクリテラシーによって抑制されることを、パス解析と重回帰分析という変数間の因果関係を分析する手法を用いて検討しました。
ここで、放射能への不安は、人々がより多くの情報を得ることで、12年かけて徐々に低下し、新型コロナに関する不安は3年間で急速に低下したことによって、回避態度が弱まってきたこと、一方、批判的思考態度の影響が徐々に強まることで、回避態度が抑制されることが分かりました。

人は、図2で示すように、感情によって突き動かされる直観的システムと、理性によって、それをコントロールする熟慮的システムの2つのシステムをもっています。生命にかかわるリスクは、人にとって最も避けなければならいないため、その未知のリスクに直面した時に、不安が高まり回避行動をとるのは、自然のことではあります。これは直観的システムであり、素早い対応ができますが、時として判断のゆがみ(バイアス)が生じることがあります。それを抑制して、判断のゆがみ(バイアス)を修正するのが、批判的思考とリスクを正確に読み解くリテラシー(メディアリテラシー、科学リテラシー、リスク知識)の役割といえます。

私たちは、これからも健康への危機的な状況に遭遇する可能性があります。そのためにも、原発事故と新型コロナという2つの大きな経験を踏まえた、政府やマスメディアへの提言としてはつぎのことがあります。
第一は、健康影響に関する安心を高める情報提供によって市民の不安を軽減するとともに、正確なリスクやその対処に関する情報を国民に提供すること、特に子育て中の母親など、リスクに敏感な人に即した情報提供をして不安を軽減させること、
第二は、信頼できるデータに基づく情報提供によって、批判的な思考態度による分析的思考を促すようなメッセージを発信することです。
一方、市民自らが、さまざまな情報源から情報を収集・判断し、適切な行動をとるための批判的思考力やメディアリテラシーを身につけていくことが大切です。そのために、学校教育でこれらを育成すること、リスクについての適切な情報のやりとりができるように、職場、地域そしてネットにおけるコミュニティを育てていくことも大事だと考えます。

本コラムでは、リスクに直面した際の不安に駆られた人の認知バイアスを説明し、それを克服するには、批判的思考やメディアリテラシー、そして、正確な情報によるコミュニケーションが重要なことを述べました。そのためにも今後は、マスメディアと行政による情報提供や、リスクに適切に対処できるような次世代とコミュニティの育成をするためには、何が必要かを、皆さんとともに考えていきたいと思っています。

参考文献
楠見 孝 (2021).批判的思考とメディアリテラシー(前篇)~批判的思考とは何か?:認知心理学の知見から スマートニュース メディア研究所 https://smartnews-smri.com/literacy/literacy-452/
楠見 孝 (2021).批判的思考とメディアリテラシー(後篇)~リスク社会における批判的思考とメディアリテラシー スマートニュース メディア研究所 https://smartnews-smri.com/literacy/literacy-437/
楠見 孝 (2023).  被災地産食品回避は不安の低下と批判的思考が減少させる―10回の継続調査からみた福島原発事故によるリスク認知の変化と地域差― https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2023-03-14-0
楠見孝・三浦麻子・小倉加奈代・西川一二(2024). 福島第一原発事故による食品放射能汚染とCOVID-19に対するリスク認知の比較:13波パネル調査データによる12年間の推移の検討 第10回震災問題研究交流会 早稻田大学(2024.3.20)https://greatearthquakeresearchnet.jimdofree.com/