【ELPASO会員コラム34-1】なつかしさは人をつなぎ幸福にする-「なつかしい未来」を考える-

2024.2.23
京都大学 楠見 孝

私たちは、過去に頻繁に接した流行歌、流行の商品、友人などに、空白期間をおいて、再び出会うと、強いなつかしさを感じます。なつかしさには、図1に示すように、頻繁に接触して慣れ親しむ段階と、それを思い出すまでの長い空白期間という2つの段階があります。そして、思い出したときには、その時の関連する事柄や人とのつながりを思い出し、幸福な気持ちになるとともに、自分の歩んだ道を振り返り、人生の意味に気づくことができます。

私は、心理学の立場から、20代から80代の様々な年代の人や、5大陸28の国・地域の人たちを対象に調査をおこない、なつかしさが引き起こす効果を、小さな文化差はあるものの共通して見出しています。たとえば、図2に示すように、どの年代の人にとっても10代後半から20代に起こった出来事が、強いなつかしさを引き起こすことが明らかになっています。

このようになつかしさは、多くの人を引きつけるため、なつかしさを利用したレトロマーケティングとして、多くの人が昔に親しんでいた商品の復刻版を出したり、テレビコマーシャルに昔のヒット曲を使って、人を惹きつけたりします。また、昭和30年代を舞台にした映画は、古きよき時代を思い起こさせます。

ソーシャルビジネスにおいても、なつかしさが、人々の結びつきを強め、町の魅力を見出し、町の再生という共通のビジョンに向かうための動機づけを提供することがあります。たとえば、なんの変哲も無い昭和の町並みをもつ商店街が、その古き良きものとしての新たな価値を見出すことによって、町おこしをする例が、大分の豊後高田市など各地でみられます。こうしたことによって、古い建物や町並みが保存され、人々の記憶のよりどころとして重要な役割を果たしています。

また、高齢の方々を支援する活動としての回想法があります。これは、公民館や高齢者施設や歴史博物館などで、週1回程度、高齢者の方々が集まり、昔の写真、道具、お菓子などを手がかりに、昔の遊びや生活、学校行事などのテーマを設定し,皆で思い出して、語り合う活動です。こうした活動によって、高齢者の社会的交流を促進し、精神的健康などを高めることを目指しています。
 
今年、万博が大阪で開催されることは、60代以上の人にとっては、高度成長時代の1970年のEXPO’70を、なつかしく思い出すきっかけになります。当時の人々がいだいていた未来への希望や夢は「なつかしい未来」といえます。半世紀が過ぎ、その一部は実現しましたが、「人類の進歩と調和」は困難な夢でした。残念ながら、今の私たちは、EXPO’70を迎えた時のような熱狂はなく、未来への希望や夢は描きにくくなっています。
 
私たちは、バラ色の過去を思い出して、なつかしくポジティブな気分になり、社会的結びつきを強めることができます。それとともに、私たちは、実現できなかった「なつかしい未来」やネガティブな現実にも目を向けて、より良い未来に向けて歩んでいく必要があると考えています。
 
参考文献
楠見 孝(編) (2014). なつかしさの心理学-思い出と感情- 誠信書房
楠見 孝 (2020). なつかしさの心理学-こころの時間旅行- 京都大学春秋講義(動画)https://ocw.kyoto-u.ac.jp/course/277/
楠見 孝 (2024). 懐かしい思い出は世界中の人々を幸せにする-5 大陸 28 カ国・地域の文化的共通性と差異― https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2024-02-06