【会員コラム28-3】我流100年プリンシプル③ 道具と心

我流100年プリンシプル③ 道具と心

未来永劫はないとしてもはるか先の子孫や未来の人々に何を伝えればよいのか、3回目のコラムはそんな見地から述べてみたいと思います。

かつて経営学者P.F.ドラッカーがインターネット技術誕生の際、「インターネットによるIT革命は産業革命以来の大きな影響を社会・経済に与えるだろうが、15世紀半ばのグーテンベルクが発明した活版印刷ほどではない」と述べたことは今も強く印象に残っています。
深い歴史観と洞察力から印刷技術がその後の知識社会の進化、教育の変革をもたらしたことと今起きているインターネットによる情報革命を比較した見事な見解でした。

確かに15世紀から20世紀は活版印刷が人類史の知識を規定したといえますが、その意味は技術(テクノロジー)そのものより人の知識・教育を通じて経年にわたってボディブローに効いてくる力の方が瞬間に起こるいかなる大事件よりも影響が大きいことを示しています。
産業革命や20世紀後半から数十年に渡って起きているデジタルテクノロジーが人類に何をもたらしているかも超長期の視点から眺めてみると実は印刷機と根っこは一緒です。それは「人間能力の拡張」として捉えることができます。

太古の昔から人類は道具を発明して素手ではできない力を生み出してきました。
重いものを動かしたり、獲物を取ったり、海を渡ったりと道具がなければ人類はおそらく死に絶えていたでしょう。
活版印刷もパソコンやインターネットといったIT技術も道具という意味では同じです。
道具が叶える人間拡張には、身体能力の拡張(フィジカル)、存在の拡張(プレゼンス)、知覚の拡張(パーセプション)、認知能力の拡張(コグニション)という4つの分野があります。
ここでは詳しい説明を省きますが、人間を主体として見るとこうした人間の能力は今後も飛躍的に拡張していくと思われます。

もう一つ人間が太古の昔から持っている力があります。それは意志の力です。
意志を辞書で引くと「どうしてもこれをしよう。またはしまいとする積極的な心」とあります。未来を想像する力があっても行動・実践が伴わなければ人類の偉業はおそらく引き継がれなかったでしょう。
伝承には人の思いや意志が必ずあります。
しかし、この意志は時代を経た今も上記に述べた人間能力を拡張してきた道具の進歩と比べるとほとんど変わっていません。

今から2千年以上も前に書かれたローマ帝国の5賢帝のひとりであるマルクス・アウレリウスの自省録を読むと瞑想しながら一日を振り返り、胸中の思いに自問自答し、自分を戒め、自分を叱咤激励する言葉から現代人と変わらぬリーダーの「心」を見てとれます。
実際にこの本は米国のマティス元国防長官がペルシャ湾やイラクでの任務の際は常に持参し、南アフリカの人種差別と闘ったマンデラ元大統領は獄中で繰り返し熟読していたといわれています。

「心」という言葉は英語には表せない広がりを持った言葉です。英語のマインド・スピリット・ソウルといった言葉とも違います。
内面だけでなく、「心」は共有できたり、分かち合ったりすることができます。利他の精神は「心」と元々相性が良いのかもしれません。
ブランド論で著名な片平秀貴氏は強いブランドのメンバーの3つの特徴として、明るく優しい、人の話を真剣に聞く、どこか無邪気、と述べていますが、すべて「心」に行き着くのはないかと感じています。

科学技術の進歩がある限り、人類は今までできなかったこと、夢であったことをこれからも実現していきます。これこそが人間しか持っていない未来を創る力です。
また、奴隷制廃止、普通選挙、公民権、児童福祉、国際法、同性婚などいずれも人類がなしとげてきたプロトピアン的進化は未来においても歩みを止めることはないと確信します。

しかし、それだけでは人類にとって永続の幸福は見果てぬ夢に終わるでしょう。これからの社会課題はより手ごわくなっていきます。もっと人類全体が力を合さねばなりません。ともかく実現できるか否にかかわらずいつの時代にあっても人間がしなければならないこと、それは「心」を高め続ける努力です。

仏陀が言った「There is no way to happiness, happiness is the way」の如く、幸せ自体「心」でしか感じることができないからです。

2022.10.28
ビービーメディア株式会社
佐野真一