2023.10.27
福知山公立大学 杉岡秀紀
最終回は、実際の「副業起業」事例について紹介してみたいと思います。
第2回で触れたように、先行研究1) によれば、副業起業は、①「副業継続者(勤務しながら起業した後も勤務)」と、②「専業移行者(勤務しながら起業した後、勤務を辞めて事業に専業)」に分類されます(図1)。
図1 副業起業者のパターン
(出所)村上(2017)
しかし、筆者としては、その2パターンに加え、勤務先を退職してから起業するものの、のちに新しい勤務先に勤めながら起業の仕事を複業として継続する「新複業継続者」というパターンがあると考えています(杉岡 2023a)。
以下では、それぞれのパターン別に、具体的な事例を紹介します。
(①副業継続者の事例)
副業継続者として取り上げるのは、福井県を拠点に展開するA社(1949年設立、売上約170億円、従業員約650人)経営企画室に勤めながら副業起業したBさん(40代)です。Bさんは北海道出身で、大学で上京後、東京の企業に就職し、その後、現職に転職されました。東京在勤時代に多摩大学大学院でMBAを取得されています。
副業起業については、学び直しの延長として、2021年度に福知山公立大学のNEXT産業創造プログラム (図2)を受講したのがきっかけになっています。具体的にはそのプログラムでの学び直しや受講者同士のネットワークから2022年に一般社団法人を立ち上げ、現在、理事として起業家同士を繋げたり、情報発信したりするプラットフォームの運営をされています。
副業そのものについては、勤務先の就業規則上は容認とはなっていないものの、事業内容が非営利ということもあり、例外的に認めてもらっているようです。
(②専業移行者の事例)
専業移行者(正確には移行予定者)として取り上げるのは、福知山の地域企業であるC社(2003年設立、資本金600万円、従業員6人)に勤めながら、副業起業したDさん(50代)です。
Dさんは福知山出身で、高校卒業後にアメリカに留学。その後、旅行会社に就職し、世界を累計200回以上飛び回る仕事に従事されました。2001年の結婚・出産を機に、旅行会社を退職し、2015年からC社の経理の仕事を担当されています。
副業起業については、息子さんが小麦粉アレルギーとのことで、外食はもとより、家の中でも兄弟で同じお菓子を食べることができないことを不憫に思い、アレルギーを持つ子どもが食べられる料理やお菓子を作りたいと米粉について調べ始めたのがきっかけだそうです。
その後、DさんはNEXT産業創造プログラムでの学びを糧に、自社に企業内起業(イントレプレナー)を提案し、社内の飲食事業部の事業として、キッチンカーを使った地産地消キッチンを立ち上げられました。米粉を使ったシフォンケーキなどの商品は地域内外ですぐに話題となり、今では地元大学での恒常的な出店はもとより、多くのイベントへ出店されています。喫緊では事業再構築の補助金が採択され、福知山市内での店舗開設に向けた準備が進むほか、大手航空会社とのコラボや海外バイヤーとの交渉も進んでいるとのこと。近い将来、独立(専業)へと移行されることでしょう。
(③新複業継続者の事例)
新複業継続者として取り上げるのは、株式会社F社、G社2社の代表を務めるHさん(30代)です。
Hさんは横浜市出身で、大学卒業後、2011年にI社のグループ会社(2004年設立、資本金3億円、従業員約500人)に就職。2015年に本業の傍らでF社を設立されました。その後、しばらくは本業と副業のパラレルキャリアを選択されますが、2017年にはI社を退職し、独立。さらに2021年にはG社も創業されました。
独立後は複業研究家という肩書きも加わり、2018年に単著を出版。その出版がきっかけとなり、複業関係の講演や政府の委員就任、またメディアでの露出が増えたそうです。
さて、ここまでのHさんのプロフィールだけであれば「専業起業者(勤務先を退職してから起業)」のカテゴリーになります。しかし、現在は副業で支援していた企業に社員として加わり、複数の顔で仕事を展開しているとのこと。これはすなわち専業起業者には見られなかった動きになります。これは「新副業継続者(勤務先を退職してから起業するものの、その後に新しい勤務先に勤めながら副業起業も継続する)」という新しい分類として括ることが適当でしょう。
図2「NEXT産業創造プログラム」の概要
(出所)福知山公立大学 (2022)
事例は以上になります。いかがだったでしょうか。
「2枚目の名刺」や「越境学習」という言葉を重視する法政大学教授の石山恒貴氏はインタビューの中で「好奇心や周囲を味方につける巻き込み力は、リーダーに必要なポテンシャルとして重視されるようになっているが、同じ会社の中だけで長く仕事をしていると育まれにくい」と説いています(西山 2018)。
日本の歴史を紐解くと、「一人生涯一社」の時代は戦後と江戸時代の二度しかなく、戦国時代まで遡ると、徳川家康を例に引くまでもなく、戦国武将は基本的に1人の殿様に仕えたわけではなかった、との指摘もあります(堀紘一ほか 2003、138頁)。
いずれにしても、今後の起業を考えるにあたっては、いきなり本業としての起業ではなく、副業から始める「パラレルキャリアとして副業をする人」、すなわち「副(複)業起業」がもっと注目されて然るべきでは、と考える次第です。
末筆になりますが、3回にわたりご高覧いただきまして、誠にありがとうございました。
(参考文献)
・石山恒貴(2015)『時間と場所を選ばないパラレルキャリアを始めよう!』ダイヤモンド社
・杉岡秀紀(2023a)「複業を活用したスタートアップの可能性 ―複業起業と地域特性を生かしたスタートアップ・エコシステムに注目して―」『東京都立産業技術大学院大学 スタートアップ・アクセラレーター研究所 報告論文集』3号、東京都立産業技術大学院大学 スタートアップ・アクセラレーター研究所、46〜64頁
・杉岡秀紀(2023b)「大学の学びと地域社会の働きを接続する社会人向け起業人材育成―「NEXT産業創造プログラム」を事例として ―」『社会教育』8月号、日本青年館、19〜26頁
・西山美紀(2018)「40代のパラレルキャリア・起業」『Associe』5月号、日経ビジネス
・福知山公立大学北近畿地域連携機構(2022)『令和3(2021)年度 NEXT産業創造プログラム事業成果報告書』
・村上義昭(2017)「「副業起業」は失敗のリスクを小さくする」『日本政策投資金融公庫 調査月報』4月号、No.103、日本政策金融公庫総合研究所、4-15頁
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1)村上義昭(2017)「「副業起業」は失敗のリスクを小さくする」『日本政策投資金融公庫 調査月報』4月号、No.103、日本政策金融公庫総合研究所、4-15頁
2)「NEXT産業創造プログラム」は、福知山市、産業界、福知山公立大学の連携体制の下、地域課題をテーマに受講者が企業に必要とされる地域やスキルを短期間で習得するとともに、クラウドファンディングを通して、ビジネスモデルを試行する実践型のプログラムのこと。主たる対象は社会人と大学生で、受講者は近隣地域はもとより、京阪神、東京からも参加がある。2021年度は20名、2022年度は21名が修了した。