2023.05.17
信州大学 林靖人
普段の生活や仕事において分からないことがある時、みなさんはどのように疑問を解消されていますか。専門書を参照されるでしょうか、インターネットで検索するでしょうか、あるいは、誰か詳しそうな人に聞いたりするでしょうか。
では、みなさんに質問です。ELPASOの頭文字で、なじみ深い言葉だと思いますが、「アントレプレナー(Entrepreneur)」あるいは「アントレプレナーシップ(Entrepreneurship)」とは何でしょうか。以下にある方法を用いて回答例を作成してみたのでご評価ください。
アントレプレナーシップ(Entrepreneurship)とは、新しいアイデアやビジネスを創造し、経済的な価値を生み出すために必要であり、起業家精神やリーダーシップ能力、イノベーション(創造性)への挑戦、リスクテイキングに関する勇気などを示します。
アントレプレナーシップは経済や社会の発展に重要な役割を果たします。起業家の創造性やイノベーションは新たな雇用機会を生み出し、経済成長を促進することがあります。また、彼らのビジネスは社会の問題解決や持続可能な開発にも貢献することができます。
この文章は、最近話題になっている「チャットGPT」(Open AI開発)[i]に「アントレプレナーシップ」というワードを入力して生成されたもの一部です[ii]。いかがでしょうか、「概ね合っている」、「違和感がある」、「あっているかどうか分からない・・・」など様々なご意見があると思います。
チャットGPTは、与えられたテキスト(質問)に対して自然な言語回答を生成するAIです。インターネット上にある膨大な情報を学習し、複雑な語彙・表現も理解できるのが特徴です。さらに回答に対するフィードバックデータが蓄積されることで情報が再構築され、アップデートされていきます。データの質・量の担保が前提ですが、理論上はどんどん精緻化され、最新・最適な反応(回答)が期待できるようになっていくわけです。
従って、ある時点で出された辞書やビジネス書、論文よりも情報の鮮度が高く、情報の厚みとしても優位性が生まれる・・・かもしれないのですが・・・。
さて、ここからが本題です。現在、大学でもこのチャットGPTに対する関心がにわかに高まっています。論文やレポート作成などの場面において、学びの在り方や著作権など様々な問題が指摘され、その利用是非について国内外で議論が行われています。
2023年4月26日には、松野博一官房長官の記者会見において、「文科省がチャットGPTの利用指針を取りまとめる方針である」ことが表明され、「新たな技術活用にあたってはメリット・デメリットの両方に留意すべき」とコメントされました。
しかし、分からないことをインターネットで検索するなどのアクションは、ある程度社会に浸透し、慣習化されてきています。では、チャットGPTは何が問題になるのでしょうか。様々なご意見があると思いますが、私は、疑問や問いなど、学びに対する「主体性(オーナーシップ)」が、大幅に損なわれる可能性を危惧していると感じています。
例えば、チャットGPTに「昆虫食の新しいビジネスアイデアが欲しい」と入力すると以下のように回答が生成されます[iii]。
昆虫食に関する新しいビジネスアイデアをいくつかご提案します。以下のアイデアは、昆虫食の需要の増加に対応し、市場で差別化を図るためのものです。
①昆虫食のレストランチェーン: 昆虫食を提供する専門のレストランチェーンを立ち上げることができます。多様な昆虫料理を提供し、顧客に昆虫の栄養価や環境への貢献などを伝えることで、昆虫食の普及を促進することができます。
②昆虫食の調理教室: 昆虫食の調理方法やレシピを教える調理教室を開催することができます。興味を持つ人々に対して昆虫食の魅力を体験させ、自宅でも手軽に作れるようにサポートします。
③昆虫食のオンラインショップ: 昆虫食製品を取り扱うオンラインショップを開設し、幅広い昆虫製品を提供します。例えば、昆虫の粉末やバー、昆虫由来の調味料などを取り揃え、顧客に手軽に昆虫食を試す機会を提供します。
④昆虫食の栄養補助食品: 昆虫を主成分とした栄養補助食品を開発・販売することができます。昆虫はたんぱく質やミネラル、ビタミンなど栄養価が高いため、スポーツ栄養や健康管理に役立つ製品として需要があるかもしれません。
⑤昆虫食の持ち帰り弁当サービス: 昆虫食の持ち帰り弁当サービスを提供することで、忙しい人々に手軽に昆虫食を楽しんでもらえます。栄養バランスの取れた昆虫食の弁当を提供し、ランチや夕食の選択肢として需要を獲得します。
これらはいくつかのアイデアですが、昆虫食ビジネスはまだ成長途上の市場であり、さまざまな可能性があります。事業計画を立てる際には、地域の需要や競合状況を調査し、ターゲット市場に適したビジネスモデルを構築することが重要です。
もし、あなたが、チャットGPTを使わずに、色々と調べてこの回答を作成すると考えたら、どのぐらいの作業時間が必要でしょうか。少なくとも数時間はかかるでしょう。しかし、恐るべきことにこの回答が生成されるのに掛かったのは、質問入力と生成に掛かる待ち時間の数秒だけなのです。
また、従来であれば、疑問や問いに答えるためには、様々な資料や書籍、時には論文を読んだり、検索に必要なキーワードや概要を踏まえた上でインターネット検索をし、情報を取捨選択するなどの知的活動が必要でした
つまり、情報探索者に「一定程度の知識や経験」と「学びの態度や問題意識」が求められ、それがあるゆえに参照する情報の妥当性や信頼性を吟味し、判断・意思決定をできた(そうであると仮定されていた)わけです。
それが、ただ質問するだけでよくなってしまいました。こうなると前述した「疑問」や「問い」に対する学びのオーナーシップはどんどん薄れ、チャットGPTのようなAIの回答を鵜呑みにする状況が生まれます。極端にいえば、AI依存、思考停止が生まれてしまうかもしれません。実際、本コラムを執筆するにはそれなりに時間をかけ、推敲をしているのですが、それが無駄な時間になるかもしれない・・・なんて考えればやるせない気持ちにもなります。
このようにチャットGPTがもたらす懸念は、当然ビジネスの現場でも生じうるものですが、教学の現場で特に問題として取り上げられる理由は、上述した「一定程度の知識や経験」「学びの態度や問題意識」が、小中高大での学びの期間において養われ、獲得されると想定されるからでしょう。いわゆる「AIリテラシー」(の基礎)があって初めて、AIに飲み込まれず、AIを活用することができるわけですが、それが脅かされることは極めて危険なことなのかもしれません。
余談ですが、私の所属する信州大学長は、入学式の祝辞でチャットGPTの利用について触れ、テクノロジーの是非とは別に、学生の利用については「汗をかいて獲得したものだけが血肉となり、困難に直面した時の助けになる」との見解を示しています。まさしく知や知的活動に対するオーナーシップを学生に問う内容です。
AI技術はこれからも確実に進歩し、私達の生活の中に浸透していきます。例えば、チャットGPTの進化/深化は、翻訳アプリの飛躍的な向上に貢献する可能性があります。それによって言語の壁がなくなれば、世界の交流を加速することに貢献するかもしれません。人類の問題解決や新しい社会構築に大きな変革をもたらす、ポジティブな面も確実にあるでしょう。
こうした中で求められることは、国が方針を出すことを受け身で待つことではありません。むしろ、個々人が問いや疑問を見出し、考え、議論することです。すなわち、社会の出来事や問題に対して、主体性(オーナーシップ)を持つことです。それが、本稿の冒頭で取り上げたアントレプレナーシップの本質だと考えます。次回は、アントレプレナーシップやリカレントなどについてみなさまと考えて行きたいと思います。
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[i] ChatGPT(https://openai.com/blog/chatgpt)
[ii] 本稿で掲載したチャットGPTの文章は、2023年05月19日6:20に「アントレプレナーシップ」の日本語入力を行い、生成された文章の冒頭・文末を引用したものです。ただし、一部語尾等のいい回しを修正しています。
[iii] 本稿で掲載したチャットGPTの文章は、2023年05月19日6:30に「昆虫食の新しいビジネスアイデアがほしい」の日本語入力を行い、生成された文章を引用したものです。