コラム
【ELPASO会員コラム42-2】毎日がんばっているあなたへ 心を柔軟にする考え方のコツ
2026年3月27日
MATSUOKA
2026.3.27
信州大学 菊池 聡
どこかで役に立つかもしれない心理学のお話、第二回目です。
人生は山あり谷ありです。何事か成し遂げようと進んでいけば、さまざまなトラブルは避けられません。あるときは人間関係のしがらみ、またあるときは思わぬ横やり、予想外のアクシデント。日々ストレスが積み重なると、当初の高い志も削られていきます。
誰でもネガティブな出来事に直面すれば一時的に落ち込んだりへこんだりするものです。ただ、私たちはそこから柔軟に立ち直る力を備えていて、これは「レジリエンス」と呼ばれます。この言葉は、もともと物理的な弾性力を意味するもので、心理学では精神的な回復力の意味で使われています。
とはいえ、レジリエンスの強さは人によって異なります。
ストレスに弱く、一度失敗するとなかなかダメージから立ち直れない人もいます。一方で同じような逆境にあっても心折れることなく、失敗を糧としてさらに前に進んで行く人もいます。その違いは何でしょうか?これは「根性の差」で片付く話ではありません。
ここでポイントになるのが、私たちの「考え方のクセ」の存在です。心にダメージを受けやすい人は特徴的な考え方のパターンを持っている、ということが多くの研究で指摘されています。
たとえば、皆さんの中に「どっちつかずの曖昧な言い方は落ち着かない。できるかできないか、良いか悪いか、物事は白か黒かはっきりさせてほしい」と考えがちな人はおられませんか。
こうした二分法思考が強い人は、高いストレスを抱え込みがちです。
二分法思考は、あいまいな「グレー」を嫌います。となると、物事は完全な成功か、ちょっとでもミスがあると失敗、ということになりますよね。どんな計画でも完璧にうまくいくことは、あまりないでしょう。
同じ出来事を「少々失敗はあったけれど、まあよくできた」ととらえるか、「よくできたかもしれないが、失敗があっては台無しだ」と考えるかでは、どちらが自分を追い詰めてしまうか明らかでしょう。何より人間関係が狭くなります。ちょっとでも意に沿わないことを言う人は、味方ではなく自分に逆らう敵のように感じられます。
こうした傾向は、「曖昧さ耐性」の弱さと呼ばれて、不安や抑うつと関連することが報告されているのです。
また、注意したい心のクセが「すべき思考」です。たとえば目標や理想を定めて「〜すべきである」と強く考える傾向です。
たとえば「社会人たるもの、〜であるべきだ」「男(女)だったら、かくあるべきだ」「教育者たる者、生徒の鏡であるべきだ」とか。
もちろん、高い理想を掲げて、それを大事にする人は立派な人だと思います(理想の中味は別として)。
ただ、この思考に縛られすぎると、前述の二分法思考と同じ状況を招きます。
理想通りでないと気が済まず、自分だけなく、周囲の人が少し外れるだけで許せなくなるのです。
たとえば、「職業人たるもの、自分を厳しく律するべき」と強く思っていると、態度がいい加減に見える同僚にネガティブな感情をいだくかもしれません。これでは毎日の職場がかなりストレスフルなものになってしまいます。
こうした心の健康を損なうような考え方のクセは、「認知の歪み」や「推論の誤り」とも呼ばれ、多くの研究でさまざまなものが指摘されています。
他にも、何事もすべて自分の責任と考えてしまう「個人化」や、一つの出来事をすべてに当てはめる「過度の一般化」、良い面が目に入らなくなる「心のフィルター」など、心当たりはありませんか。まじめにがんばっている人の心の落とし穴かもしれません。
こうしたクセは、自分ではなかなか気づきにくいものです。
考え方のクセは意識することで少しずつ改善できますが、だからといって「クセを変えましょう」といってもそう簡単にはいきません、クセとはそういうものです。
ただ、大切なのは、自分のクセを知っておき、ストレスに直面しときには一度立ち止まって、自分の考え方を客観的にとらえ直してみることです。ひょっとすると自分は二分法思考にとらわれているかもしれない、「〜すべき」というのは思い込みかもしれない。
こうした考え方をすれば、少なくとも自分のクセに気づいていない場合に比べて、感情に巻き込まれることなく適切な判断を下すことができ、レジリエンスを高めることにもつながっていくでしょう。
このような心理学のお話、もう一回続きます。