コラム
【ELPASO会員コラム40-3】患者は医療チームの一員
2025年10月24日
事務局
2025.10.24
株式会社フェニクシー 代表取締役
橋寺由紀子
今回が連載の最終回です。最後は、私が尊敬してやまない父の姿です。
父は昭和11年生まれ。来年には卒寿を迎えます。健康に恵まれ、85歳を過ぎるまで薬に頼ることなく暮らしてきました。しかし2021年10月、下血をきっかけに胃がんが見つかりました。
父は幼少期に中耳炎で左耳の聴覚を失い、80代を過ぎてからは右耳もほとんど聞こえなくなりました。少し複雑な話は筆談でやり取りします。コロナ禍で病院からの説明も家族1人に限定される中、医療の知識を持つ私が病院との窓口になりました。
治療方針を話し合う中で、父は突然こう言いました。
「手術は受けたくない。わしはがんで死にたい」
しっかりとした意志を持って毎日を大切に生き、孫の成長を何より喜んでいた父のこの言葉に、私や家族は大変驚きました。よくよく話を聞くと、それは「他人に迷惑をかけたくない」という思いからの言葉でした。脳梗塞で半身不随や寝たきりになった親族をみてきた経験から、自分は介護される立場になりたくないと考えていたのです。私は父の思いを担当医に伝えました。すると消化器の専門医は丁寧に説明してくれました。
「手術をしないほうが血管内に血栓ができやすく、脳梗塞の可能性が高まります。がんは早期で転移の可能性は低い。手術をすれば脳梗塞のリスクも減ります」
手術前日には、若い執刀医がタブレットの音声変換機能を使い、手術の流れとリスクを説明しました。父は質問を重ね、自ら同意書に署名しました。
面会できない入院中は、衣類と一緒にやり取りする短いメモや、担当ナースからの報告で様子を知りました。
「できることは何でも自分でされ、廊下を歩いて自主的にリハビリされています。食事もコミュニケーションも問題ありません」
退院後、父は私にこう語りました。
「手術の先生、内科の先生、リハビリの先生、看護師、栄養士、薬剤師…いろんな人が助けてくれた。わしはそのチームの一員やと思った。だから自分でできることは全部やった」
なんて素敵な考えだろう、私は目を見開かされるおもいでした。患者である自分を「医療チームの一員」と捉え、自ら責任を果たそうとする姿勢。何歳になっても父にはかなわない——そう感じられることが、私は心から誇らしく思います。そして父にそう気づかせてくれた病院スタッフに、心から感謝しています。
どんな状況でも前向きに捉え、学び、行動する力。それは医療の場だけでなく、起業や挑戦の根っこにある精神そのものです。父の背中は、これからも私に大切なことを教え続けてくれるでしょう。